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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)396号 判決

理由

一、被控訴人が現に本件手形の所持人であることは当事者間に争いがなく、《証拠》によれば、本件手形は被控訴会社の当時の取締役清水晶が昭和三〇年四月三〇日頃被控訴会社の社名印および代表取締役浮田桂造の記名印ならびに印鑑を使用していわゆる署名代理の方法によつて振出し、割引のためこれを浅川某に交付し、その後受取人田中常次郎および熊本勉なる者の各裏書を経て控訴人に割引のため譲渡されたものであることが認められる。

二、そこで、清水晶の右手形振出に関する代理権限の有無について考えてみるに、《証拠》を総合すると次のような事実を認めることができる。すなわち、

(一)清水晶は被控訴会社の取締役兼経理部長として会計、庶務関係の業務を担当し、物資の仕入および仕入物資の代金の支払等につき被控訴会社を代理する一般的な権限を有するほか、手形用紙小切手帳被控訴会社の会社印代表取締役の記名印等を保管し、必要の場合は随時代表取締役から印鑑の交付をうけ署名代理の方法によつて被控訴会社名義の手形を振出していたが、代表取締役に代わつて被控訴会社名義の手形を振出す一般的権限はこれを有していなかつた。もつとも被控訴会社の代表取締役浮田桂造が昭和二七年一二月頃から昭和三〇年一月頃にかけて脊椎カリエスのため自宅療養中は、同代表取締役から印鑑を託されて、被控訴会社名義の手形を振出す包括的権限を与えられていたが、昭和三〇年一月末頃取引先銀行から清水の経理に不審な点があるので監督を厳重にするよう告げられたことから同代表取締役は清水から従来託していた代表取締役の印鑑の返還をうけ、同人の包括的代理権をも取り上げるに至つた。

(二)右のような地位にあつた清水晶は、代表取締役浮田桂造から上叙包括的代理権を取り上げられた後である昭和三〇年四月三〇日頃、被控訴会社の営業資金を他から融通をうける方法と称して、当時他の用件で代表取締役浮田桂造から借出した印鑑を使用して前記経理部長としての自己の権限を超えて本件約束手形を振出したものである。

以上のような事実が認められるのであつて、《証拠》中右認定に反する部分はいずれもこれを措信できない。

右の事実によると、清水晶には本件手形を代表取締役に代わつて振出す権限がなかつたことは明らかであるが、同人がその権限を踰越して振出したものであることは上叙認定のとおりであつて、かかる代理権限を踰越した署名代理の方法により手形が振出された場合にも民法第一一〇条の適用があるものと解されるから控訴人の表見代理の主張について考えてみるに、控訴人は、本件手形が被控訴会社によつて正当に振出されたものであると信じてこれが裏書譲渡をうけたものであり、かく信ずるにつき正当の事由があつたというが、手形の振出が越権代理行為にあたる場合における民法第一一〇条の「第三者」とは当該振出行為の相手方たる受取人を指すものと解すべきところ、本件手形の受取人は田中常次郎となつており、かりに同人が形式上の受取人にすぎず、他に実質上の受取人たる者が存在するとしても、本件においてはこの点が全く不明であつて(少くとも控訴人が右手形の実質上の受取人であると認むべき証拠はない)、右田中常次郎または実質上の受取人たる者において前記清水晶に本件手形振出の権限ありと信ずるにつき正当の事由があつたことについては控訴人は何等の主張立証をしないので、右の受取人が民法第一一〇条の規定に基づいて振出人たる被控訴会社に対する本件手形上の権利を取得するに至つたことを認めるに由なく、そうするとその後の譲受人である控訴人は自己の正当事由の有無にかかわらず、被控訴会社に対するに手形上の権利を取得するいわれなきものといわねばならない。よつて控訴人のこの点の主張は理由がない。

三、そこで進んで控訴人の損害賠償請求について判断する。

(一)  前段認定の事実によつて明らかな如く、本件手形は、被控訴会社の取締役営業部長たる清水晶が被控訴会社の代表者の命により代表者名義の手形振出等の業務に従事中、右業務のために借出した代表者の印鑑を冒用して権限外に振出した偽造のものであつて、右清水の行為は被控訴会社の被用者がその事業の執行につきなした不法行為というべく、被控訴会社は右不法行為につき民法第七一五条所定の使用者責任を負うべき関係にあるものといわねばならない。

(二)  しかしながら、控訴人は本件手形振出の直接の相手方ではなく、その中間の裏書を経て該手形の所持人となつた者であるから、振出人に対する手形金の請求が不能である場合でも自己の前者たる裏書人に対してこれが償還請求をなし得る関係にあり、従つてそれが可能であるかぎりいまだ確定的に損害を蒙つたものということはできない。しかるに控訴人は右裏書人に対する償還請求が不能であることについては何等の主張立証をしないので、前記清水晶の本件手形偽造行為によつて現に手形金相当の損害を蒙つたとの控訴人の主張はいまだこれを認めるに足りない。

よつて、控訴人の本件損害賠償請求もまた、理由なきに帰する。

四、以上の説示のとおり、控訴人の本訴請求すべて失当であつて、第一次請求を排斥した原判決に対する本件控訴ならびに当審における予備的請求はいずれも棄却を免がれない。

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